13 10月

(府中市)府中市の2大企業、東芝とNECをはじめとする企業城下町の歴史(府中市議会議員 ゆうきりょう)

府中市議会議員(国民民主党所属)の ゆうきりょう です。

市民の方からのご要望のなかに「企業城下町として府中の歴史について、知りたい」というお声がありました。そこで概要ですが、府中市の大企業の歴史について簡単ですが掲載します。

1,戦前・戦中:軍需と交通インフラを背景とした「工業化の始まり」

府中市は戦前から戦後にかけて東芝や日本製鋼所、NEC(日本電気)、サントリーといった日本を代表する大企業を次々と誘致し、東京郊外の代表的な「企業城下町」として発展してきた歴史を持っています。もともと宿場町や農業中心だった府中が工業都市への歩みを始めたのは、昭和初期のことのようです。広大な土地があり、鉄道(国鉄中央線や砂利運搬用の多摩鉄道など)のインフラが整いつつあったことから、大型工場の建設候補地となったとのことです。

(1)日本製鋼所(日鋼町)の進出
1938年(昭和13年)、現在の「日鋼町」の由来となる日本製鋼所武蔵製作所が起工され、1940年から操業を開始しました。戦時体制下における軍需工場としての側面が強い進出でした。

(2)東芝の進出
1940年(昭和15年)には、東芝の前身である「芝浦製作所」が鉄道車両などを製造する府中工場の操業を開始しました。のちにこのエリアは「府中市東芝町1番地)という独自の町名が生まれるほど、街の象徴となっていきます。

2,戦後(1950年代)・・自治体主導の「工場設置奨励」と本格的な企業誘致

1954年(昭和29年)に府中市が誕生すると、市は本格的な都市開発と財政基盤の強化を目指し、積極的な企業誘致に乗り出します。

(1)工場設置奨励条例の制定(1958年)
府中市は1958年(昭和33年)に「東京都府中市工場設置奨励に関する条例」を制定しました。これは、市内に工場を新設・増設する企業に対して税制優遇などのメリットを与えるもので、これにより企業の誘致競争を一歩リードすることになります。

(2)サントリー工場の誘致(1963年)
この時期の象徴的な誘致の一つが、1963年に操業を開始したサントリーの「武蔵野ビール工場(現・サントリー(天然水のビール工場)です。ビール造りに不可欠な良質な地下水(多摩川の豊かな伏流水)が豊富だったことと、市の積極的な誘致姿勢が実を結んだ好例です。

(3)NEC(日本電気)の進出(1964年)
さらに1964年(昭和39年)には、最先端の通信機器や電子計算機を製造するNEC府中事業場が操業を開始しました。これにより、重工業から食品、そして先端ハイテク産業までが揃うバランスの良い工業都市へと成長しました。他にも食品メーカーのキューピーや、五藤光学研究所などの企業も府中市に事業場を構えました。

3,大企業誘致がもたらした「豊かな財政」と街へのメリット

これらの大企業を熱心に誘致した結果、府中市は「自主財政の街」として全国的にも有名なトップクラスの財政力を手に入れました。

(1)莫大な法人市民税による潤沢な財政
東芝、NEC、サントリー、日本製鋼所といった大手企業の事業所がもたらす法人市民税や固定資産税は、市の財政を大きく潤しました。

(2)充実した市民サービスとインフラへの還元
この潤沢な税収により、府中市は「緑の多い公園の整備」「図書館や市民聖地などの公共施設の充実」「手厚い福祉や教育サービス」をいち早く実現することができ、「住みやすい街」としてのブランドを確立していきました。

4,工場から「研究開発・オフィス」への転換とデータセンター誘致などの再開発

時代が進むにつれ、製造拠点の地方移転や海外移転が進むと、府中の企業城下町としての姿も変化していきました。例えば、日本製鋼所の東京製作所跡地は、現在「府中インテリジェントパーク」として再開発され、大手銀行のデータセンターやオフィスが並ぶハイテク街区へと生まれ変わっています。また、東芝やNECの敷地も、従来の「モノづくりの工場」から、最先端技術の「研究開発(R&D)拠点やITソリューションの拠点」へと機能転換を図りながら、現在も市と共に歩みを続けています。

5,府中市の大企業の二大企業・・東芝とNEC

府中市は歴史的な街並みや大國魂神社といった文化的な側面を持つ一方で、東芝やNECなどの巨大テック・インフラ企業が大規模な拠点を置く「屈指の企業城下町」としての顔を持っています。これらの企業と府中市の関わりは非常に深く、市の経済、財政、そして街のアイデンティティそのものを形作ってきました。

(1)東芝と府中市:地名に名を残す国内最大級の「東芝城下町」

府中市にとって東芝は、1940年の操業開始以来、80年以上にわたり街の発展を支え続けてきた最も象徴的な企業です。

①「東芝町」という地名・・ JR武蔵野線・南武線が交差する府中本町駅の北側には、「府中市東芝町1番地」という社名がそのままついた町名が存在します。この広大な敷地(東京ドーム約14個分)がまるごと「東芝府中事業所」です。

②国家インフラの心臓部・・ かつては家電なども手がけていましたが、現在の府中事業所は新幹線のモーターや電力制御システム、放送・通信システム、人工衛星の管制システムなど、国家の基幹インフラを製造する最重要拠点となっています。

③圧倒的な地域経済への影響・・ 協力会社を含め約1万人近くがこの事業所で働いており、多くの従業員やOBが周辺に定住しています。周辺の飲食店街(国際通りなど)の活気や、下請け企業の集積など、市民生活と完全に地続きの存在です。

2,NEC(日本電気)と府中市・・宇宙開発と防衛の要所

東芝と並ぶもう一つの巨頭が、西府駅や分倍河原駅近くに広大な「府中事業場」を構えるNECです。

(1)見えないインフラ産業の集積・・NEC府中事業場は、主に人工衛星の製造・管制や防衛宇宙システムなど、最先端の国家防衛や宇宙開発の急所を握る拠点です。一般の消費者が普段目にすることのない「見えないインフラ」が、この府中の地で生み出されています。

~府中市財政に占める法人市民税は大きなものがあり、雇用や地域経済への波及効果は、計り知れないものがあります。その意味で今日の府中市の繁栄は、戦前戦後の企業誘致の成功も、大きな要因の1つではないでしょうか。今後も、府中市が企業誘致には積極的であるべきと思います。また今後も提案していきたいと思います。(府中市議 ゆうきりょう)

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※ 府中市議会議員  ゆうきりょう の朝の駅頭市政報告は、原則、毎朝下記の予定で行っています。駅頭では「市政通信」を配布しています。市政相談、生活相談なども受け付けています。なお雨天時や、自身の都合により中止の場合がありますが、お気軽にお声をおかけください。駅頭には朝5時~8時までいます。

月曜日・・西武線多磨駅東口

火曜日・・京王線多磨霊園駅南口

水曜日・・京王線東府中駅北口

木曜日・・西武線多磨駅西口

金曜日・・京王線多磨霊園駅北口

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